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準備期間。


KUNIO13「夏の夜の夢」稽古開始までの準備期間はシェイクスピア尽くしの日々。

はじめてのシェイクスピア劇出演。そして、ずっと憧れていたハーミア役。気持ちが高ぶらずにはいられない日々ですが、何度も何度も読んだこの戯曲を今一度冷静に、多角的に読んでみよう・・・と思い、今までに出版されている様々な訳版、映画作品、バレエ、オペラ、ミュージカルなど夏の夜の夢に関連する作品を順番に見て読んで聴いているところです。

戯曲読解という意味では、まずは机上の勉強から始めています。シェイクスピア作品は何と言っても、修飾語の多さが特徴的で、詩的で美しい言葉が宝石のように散りばめられています。この美しい装飾に目を奪われて本質を見失ってしまわないように、まずは全ての修飾語を除いて、シンプルに起こった事実のみを書き並べてく。すると、幹が見えてきました。まだこの作品が物語として完成する前段階、プロット段階でシェイクスピアは何を思い描いていたのかなあ・・・何てことをボーッと空想してみる。そんな贅沢な時間を過ごしながら、メンデルスゾーン作曲「真夏の夜の夢」Op.61スケルツォを聴いています。この曲を聴くと私は、小学生の頃のバレエの発表会を思い出します。妖精役。柔らかな羽のついた可愛らしい衣装を想像し、ワクワクしながら衣装合わせへ向かうと、そこには焦げ茶色の全身タイツが!!!衝撃的でした。何度も何度も名前のタグを確認したのを覚えています。なんで!?なんで全身タイツ!?可愛くない!!!ショックのあまり本番の日もこの衣装だけは手に取る時、気持ちが重たかったなぁ・・・笑

当時の私は”妖精”という言葉の響きから、また様々なバレエ団が上演してきた妖精役のイメージから、"妖精"とは小さくて可愛らしくて・・・そう!まさにティンカーベルのような姿なのだと思い込んでいました。今思うと、この作品が生まれた16世紀のイギリスでは"妖精"にそんな可愛らしいイメージはなくって、パックという呼び名もそのまた昔には悪霊の呼び名だったりもする訳で、シェイクスピアの頭の中で生まれた幻想的な生き物たちの本質を表現する演出だったのかなあ、なんて考えています。全身タイツでご機嫌斜めの桜子少女でしたが、お客様からは、とても美しかった!という声が多かった記憶。

大きな【闇】に包まれた、繊細な【光】を見つけた時に、人は【美しい】と表現したくなる衝動にかられる気がします。【美しい人】を表現する時にも、やっぱり私は同じことを思います。漆黒の影に包まれながらも、その闇に飲み込まれず、そこに立ち続ける強さと明るさを持っている人に、美しさを感じます。【孤独】とも表現出来るのでしょうか。

「夏の夜の夢」の中で例を挙げるならば、何と言ってもヒポリタ!囚われの王女という設定だけで萌え要素は満載ですが、彼女の発する言葉の端々に品格が伺えて、彼女の心境を思い、私は一人で萌えています。ヒポリタ主人公で別作品が生まれそうですよね・・・はい、脱線した話を元に戻します。

そう・・・このところ【悲劇】と【喜劇】の関係性についても考えています。「夏の夜の夢」は【喜劇】に分類されますね。どこからどんな読み方をしても、喜劇だと思います。本当に。だけれど、この作品が生まれた背景を考えると、当時の貴族社会に対しなんとも痛切な皮肉が散りばめられていて、五幕一場なんて最高ですよね。この作品の中で一番好きなシーンです。

人生は近くで見れば悲劇、遠くから見れば喜劇だ。チャップリンの有名な言葉ですが、まさにこの作品は、キャラクターが苦しめば苦しむほど、おかしくってたまらない!そうなるように、きちんと描かれていて、もう、本当、私ごときが小手先で面白いことをしてやろう!なんて絶対に考えてはいけない!!と感じております。描かれている人物の事を大切に繊細に考えて考え抜いて、役の本質を捉えること。そして瑞生桜子が演じるからこそ見えてくるハーミア像を見つけること。そこから先は、もう全身全霊で信頼して体当たりできる、本と杉原さんに委ねること。

その上で、《言葉》を《音》を大切にすること。

私の中での未知なる航海へ旅立つ前準備としての心構えです。稽古初日が楽しみでならないです。桑山智成さんの新訳を手にする日が楽しみでならないです。

KUNIO13「夏の夜の夢」2017.8.23〜27

お得な先行予約期間がもう直ぐ終わりなので、ぜひ、この機会に^^♪

http://www.kunio.me/stage/kunio13/special/

桜子


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