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希望と絶望は、いつも隣り合わせなのか。

August 29, 2019

先日、滑り込みで千秋楽公演を観劇した

DULL-COLORED POP第20回本公演 

第一部「1961年:夜に昇る太陽」

第二部「1986年:メビウスの輪」

第三部「2011年:語られたがる言葉たち」

福島三部作一挙上演。

@東京芸術劇場シアターイースト

 

トータルで6時間に及ぶ観劇は、観るだけでも体力気力共に削られていく思いだったけれど、

それでもやはり三部作全てを観られてよかったと、心から思う朝。

 

大抵、何か心を揺さぶられる作品を観た後ってすぐに感想を書きたくなるし、逆に言うと時間が経過すれば熱が冷めてきて書く気が失せてしまう・・・なんて状態に陥りがちだけれど、この作品はむしろ時間が経てばたつほど

何か語らなければ・・・一人でも多くの人にこの作品の存在を知ってもらわなければ・・・

と、強い使命感に駆られてしまい朝からそわそわする私がいるので、ブログを綴ます。

 

この作品は、劇作家であり演出家の谷賢一さんが約三年かけて取材・構想・執筆を行った、福島と原発の歴史を描いた三部作。

DULL-COLORED POP公式HP→ http://www.dcpop.org/vol20/

谷賢一さん御自身が書かれたプレイガイド→ http://www.playnote.net/2019/08/05/guide/

 

 

第一部「1961年:夜に昇る太陽」

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1961年。東京の大学に通う青年・<穂積 孝>は故郷である福島県双葉町へ帰ろうとしていた。「もう町へは帰らない」と告げるために。北へ向かう汽車の中で孝は謎の「先生」と出会う。「日本はこれからどんどん良くなる」、そう語る先生の言葉に孝は共感するが、家族は誰も孝の考えを理解してくれない。そんな中、彼ら一家の知らぬ背景で、町には大きなうねりが押し寄せていた……。
 福島県双葉町の住民たちが原発誘致を決定するまでの数日間を、史実に基づき圧倒的なディテールで描き出したシリーズ第一弾。

出演: 東谷英人、井上裕朗、内田倭史(劇団スポーツ)、大内彩加、大原研二、塚越健一、 宮地洸成(マチルダアパルトマン)、百花亜希(以上DULL-COLORED POP)、阿岐之将一、倉橋愛実

--------------------- 公式HPより引用 ----------------

 

前夜の睡眠時間30分。途轍もない睡魔と共に席に着いた午前11時。正直、開演前は不安で不安で仕方がなかった。最前列の端っこで、こんなに真面目そうな作品で、こんなに知り合いがいっぱいいる客席で、爆睡してしまったらどうしよう・・・私の演劇人生軽く一回終わってしまうのではないか・・・でもどうしても観たかったの、でも寝たらごめんなさい・・・

そんな胸中でハラハラしながら開演を待っていた。そこに現れた全身防護服に身を包んだ男の

1961年!の叫び声。巧みな照明音響効果と俳優陣の身体によって、2011年の福島から1961年の東京へ、時空間が移動した。あぁ、演劇はタイムスリップする感覚を味わえるのが醍醐味だった!!そうだそうだ!!なんて、このわずか3分で一気に心を掴まれ、睡魔なんてすっかり忘れ、安心感すら覚えるような慣れ親しんだ演劇的手法と表現に酔いしれる。描いている事実は、その50年後を知っている私たちにとっては、あまりにも残酷であると同時に、改めて我が国は敗戦国なのだと痛烈に実感した瞬間でもあった。最早、戦後ではない。と感じることが多かった私にとっては冷や水を浴びせられた感覚と言うか、こんなにも近くに敗戦の傷跡を深く負っている土地があったのだ、と再認識。原発の歴史を紐解いたことすらなかった私にとっては、少し想像すれば見えていたであろう現実すらも、想像しようとしなかった自分を知り、海の外ばかりに思いを馳せている場合ではないなと襟を正す思い。社会的なテーマを繊細に扱っている作品ではあるものの、演劇的な語り口としては実に様々な手法を用いていた。中でも、クライマックスと呼べるであろうシーンで突然恋人たちが物凄いテンションと距離感にそぐわない声量で前芝居を始めた瞬間、思わず吹き出してしまった。とても切ないシーンではあるのだけれど、あぁなるほど。そうなるのね、そうね、時代よね。と、実体験としては出会っていない(生まれていない)時代の演劇的手法にムフムフしつつ、どんな調理法を用いても本質がブレることは決してない強靭な戯曲に改めて感動したりして、、、圧倒的でした。

 

 

 

第二部『1986年:メビウスの輪』

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福島第一原発が建設・稼働し、15年が経過した1985年の双葉町。公金の不正支出が問題となり、20年以上に渡って町長を務めてきた田中が電撃辞任した。かつて原発反対派のリーダーとして活動したために議席を失った<穂積 忠>(孝の弟)は、政界から引退しひっそりと暮らしていたが、ある晩、彼の下に2人の男が現れ、説得を始める。「町長選挙に出馬してくれないか、ただし『原発賛成派』として……」。そして1986年、チェルノブイリでは人類未曾有の原発事故が起きようとしていた。 実在した町長・岩本忠夫氏の人生に取材し、原発立地自治体の抱える苦悩と歪んだ欲望を克明に描き出すシリーズ第二弾。

出演:宮地洸成(マチルダアパルトマン)、百花亜希(以上DULL-COLORED POP)、 岸田研二、木下祐子、椎名一浩、藤川修二(青☆組)、古河耕史

--------------------- 公式HPより引用 ----------------

 

打って変わって、こちらは政治劇、会話劇的な要素も強ければ、語り部的なポジションで犬が出てきたり・・・一部から続けてみると時代の変化がきちんと描かれていて、演劇的手法においても時代が移り変わっていて、その緻密な構築に驚愕。そしてこの戯曲は、戦後の日本史であると同時に、演劇史でもあるのだな・・・と痛感。現実には物語など存在しない、ただ脈略のない事象が連なっているだけだ・・・という内容の台詞があった。まさにこの台詞が私にとっては、この作品全体を物語っているように感じられる。客席中ですすり泣く人の声を聴きながら、終始とても冷静な心でこの衝撃的な6時間を過ごした私は、描かれている内容や取材力、歴史劇として政治劇としての巧みさに圧倒されつつも、何か得体の知れない違和感を覚えていた。その違和感は見終わった後もずっと続いていて、手放しで面白かった!とは言い切れないこの感覚は一体なんなのだろうと考え続けていたのだけれど、今ようやく少し言語化できるところまで整理がついた気がしています。


よく、演劇は社会の鏡であるという言葉を耳にするけれど、まさにこの作品は現代日本の鏡として、ただそこに起こった事実を悲観も楽観もせず私情を持ち込まず、存在して見せていた。その鏡をのぞいた人々自身の中にある道徳心や好奇心や想像力というものを掻き立て、この作品を観劇した者同士が、何かを共有し語り合いたくなるような、果てしなく強靭な鏡。事実、SNSにちらりと感想を投稿した瞬間から、この作品を観劇した演劇仲間たちから沢山のメッセージが届いて、そのどれもが私たち共犯関係を結んだ仲間だよねと言わんばかりの熱気を帯びていた。ああ、みんな何かを語り合いたい気分なのだなと直感。

 

私自身日頃から、現実には物語など存在していないと感じていて、それらは自らの想像力によってのみ存在しうるものだと思っている。だけれども、同時に人は物語がなければ生きてはいけないとも考えている。人間は何事にも意味を求める生き物だから、誰か他人と関わり合い、交わった!という錯覚を起こすことで、自分自身がこの世に存在している証明を得たと認識でき、いつか無に帰す自らの存在と時間に価値を見出すことができる。

だからこそ私は、舞台作品には物語性を求めてしまうところがあって、ただひと時の間現実を忘れて夢を見られる時間であってほしいと願ってしまう。この世界には希望ばかりが広がっているのだと錯覚させてほしいと願ってしまう。とはいえ、この作品に物語性がない訳でも虚構性がない訳でもない。だけど、なんだろう。なぜだかわからないのだけど、見終わった瞬間に私は一度、世界に絶望してしまった。この物語自体が原発というかつての希望が絶望をもたらす物語だったということだけではなくって、なんだろう...孤独を感じたというか、人と関われば関わるほど孤独になっていくと感じる、あの感覚をひたすらに体感し続けた、というか。

まあ、これはあくまでも作品どうこうの話ではなく、私自身の中にある価値観から起因するものだと思うけど。私は時々、意識して節制しなければ、自ら想像し創造した世界から出てこられなくなって、その居心地の良さに浸りきってしまう時がある。こういう精神の弱さというか、脆さみたいなものを正面から問い直されたような時間だったから、私の中にすんなりと受容できるだけのキャパシティがなかったのかもしれない。とにかく、反抗期の子供のように、反発しまくりたい気分になった。笑 

 

 

第三部『2011年:語られたがる言葉たち』

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2011年3月11日、東北全体を襲った震災は巨大津波を引き起こし、福島原発をメルトダウンに追い込んだ。その年末、<孝>と<忠>の弟にあたる<穂積 真>は、地元テレビ局の報道局長として特番製作を指揮していたが、各市町村ごとに全く異なる震災の悲鳴が舞い込み続け、現場には混乱が生じていた。真実を伝えることがマスコミの使命か? ならば今、伝えるべき真実とは一体何か? 被災者の数だけ存在する「真実」を前に、特番スタッフの間で意見が衝突する。そして真は、ある重大な決断を下す……。
2年半に渡る取材の中で聞き取った数多の「語られたがる言葉たち」を紡ぎ合わせ、震災の真実を問うシリーズ最終章。

出演:東谷英人、井上裕朗、大原研二、佐藤千夏、ホリユウキ(以上 DULL-COLORED POP)、 有田あん(劇団鹿殺し)、柴田美波(文学座)、都築香弥子、春名風花、平吹敦史、森 準人、山本 亘、渡邊りょう

--------------------- 公式HPより引用 ----------------

 

そして第三部。語られたがる言葉たち、というタイトルの通りに、作者が語りたい言葉ではなく、時代が語られたいと願った言葉を聴かせてくれた時間。「民主主義と真面目な報道は相性が悪い」という内容のセリフが深く刺さった。

 

東京公演は終わったけれど、明日から大阪公演が始まる模様。

もしお時間合えば、ぜひ目撃してみてほしいです。

自分が出演しない公演を、こんなにもみてほしいと願うのは数年ぶりです。

 

【大阪公演】

8月31日(土)13 時 第一部 16 時 第二部  19 時~第三部
9月1日(日) 13 時 第一部 16 時 第二部  19 時~第三部
9月2日(月)10 時 第一部 12 時半 第二部 15 時~第三部

 

会場:in→dependent theatre 2nd

〒556-0005 大阪府大阪市浪速区日本橋4丁目7-22 インディペンデントシアター2nd

●Osaka Metro・堺筋線 恵美須町駅 1A 出口 右手(北)5 分 http://itheatre.jp/2nd.html

 

【福島公演】

第三部『2011 年:語られたがる言葉たち』9月7日(土)18時30分、8日(日)14時

会場:いわき芸術文化交流館アリオス 小劇場

 

 

私のちっぽけなキャパシティと演劇感では、まだまだ拾いきれていない要素や

感じきれていないものが沢山ある気がしてならないから・・・

この作品を観劇した人、ぜひとも私と語らい合ってください。

あなたが感じたことを、ぜひ聴かせてください。

そんな、気分です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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